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浦島キャンプ場物語 F

昭和25〜30年当時の宝島(浦島)を順次紹介!

                        このモデルは何でしょう?

                  「アメリカ海軍の上陸用舟艇」です。

と言っても、今のスカウトたちには、実物にお目に

かかったことはないでしょうね。

こんな上陸用舟艇が、新和歌浦と浦島の間を夏休み

運行されていたのです。信じられますか?

  終戦後、大阪・浜寺公園に在日アメリカ軍の家族キャンプがあり、子弟のボーイスカウト隊

があってシェパードさんを通じて、私たちのボーイスカウトも何回か交流に出かけました。

1952年(昭和27年)夏、その浜寺のボーイスカウト隊をはじめ、近畿の各地に駐留する

アメリカのスカウトたちが、一週間単位で入れ替わって、浦島にキャンプに来たのです。

大阪の各地からスクールバスで新和歌浦に来て、そこから「上陸用舟艇」で浦島に上陸(?)です。

その頃、渡船で約30分かかるところ、10分足らずですから驚きでした。

  スカウトたちは、全員給食。その調理には3人の日本人コックさんが専従です。大きな電気冷蔵庫

三台、グラウンドに設置され、食材も毎日「上陸用舟艇」で運搬されてくる。調理が出来るとスカウト

たちがトレイを持って行列を作り、順次、コックさんに盛ってもらって食事を取る。と言う具合。

  

( 日米仲良くペアを組んでの卓球 )          ( 片や、日米、ボクシングで勝負 )

   

       ( 将棋は、観戦するだけかな? )         ( 海でのボート遊びは、日米仲良く! )

       *写真の裏面に“28.July.’52  US Army photo by CPL, Clarence E, Kerry”の印字