☆ 昭和25〜30年当時の宝島(浦島)を順次紹介!
丸善石油から譲り受けた当初は、建物はあったものの地元大崎の人さえ「お化け屋敷だ」と
言っていたぐらいに雑草、ススキなどが生い茂っていた。テントなども無かったので、お化け
屋敷の床に刈り取った雑草などを敷き詰めて宿泊したものです。在日米軍の大阪下士官クラブ
からの資金援助のお蔭と、毎週末のスカウトたちの「ぼくらのキャンプ場作り」の一生懸命の
整備作業で、大広間ホール・宿泊キャビン・浴場・広場・・・などが整備されていった。
昭和25年(1950)6月3〜4日、隊結成以来初の1泊キャンプが実施された。
スカウトたちは、初めて体験する自然の中での野営に胸おどろかせ、歴史的な一夜を過ごした。

(炊飯は、飯盒ではなくお釜で) (食後のデザートは、マシュマロ焼き 左手前は嶋田)

(5Fには、大きな渡橋も架けられた) (一本松のある岩場にも渡橋)


浴場外壁も白いペンキで塗装。
「Scout
Camp」文字板も取付け。
カッターボートも手に入れた。
スカウトたちは、何度か海岸沿いに
オールを漕いで和歌浦まで遠征した。