☆昭和25〜30年当時の宝島(浦島)を順次紹介!
昭和25年当時、複数の建物もあり、電気も通じ、今では想像も付かないパラダイスだった。
百畳敷きと呼んでいた大ホールに舞台あり、オルガンも完備。冬には、マントルピースで薪暖房。
中庭は、バレー・ボールもOK!。スカウトルームは、4室に分かれて各班の集会・宿泊にも使用。
右の山手にはキャビンが2棟、その上部は、各班のテントサイトになっていた。

(写真説明)白い建物は大浴場、一本松の岩場。 「亀岩」と命名、対岸は新和歌浦。