日本和歌山 忘れがたい思い出の旅
8月3日午前4時30分,多くの人々がまだ夢の中にいる頃,私たち一行2人は約束の場所で落ち合い,空港へ向かいました。そして,午前8時ちょうど発の飛行機は私たちの目的地−日本和歌山−に向かって離陸しました。今回の旅行の目的は,現地で開催される「世界ボーイスカウト活動100周年,和歌山連盟創立50周年,第12回キャンプ大会」に参加することと,私たちの長年の親友であり,和歌山第21団のリーダーである嶋田士郎さんにお会いすることです。
3時間余りのフライトの後,私たちは大阪の関西国際空港に到着しました。到着ゲートを出ると,嶋田さんはもうすでに正面ロビーで私たちを待ってくれていました。彼の穏やかで優しい笑顔は相変わらずでした。その後,私たちは和歌山市役所を訪問し,和歌山市の国際交流について学びました。和歌山市はカナダのブリティッシュコロンビア州のリッチモンド市(1973年),アメリカ合衆国カリフォルニア州のベイカースフィールド市(1961年),中国山東省の済南市(1983年),韓国の済州市(1987年)と友好都市関係を結んでいます。その夜は,和歌山第21団の委員会の皆様が歓迎会を開いてくださり,私たちの来訪を歓迎してくださいました。私たち2人以外にも,メキシコからボーイスカウトのリーダーの青年が1人来ていました。彼の名はGerardoと言い,メキシコ人と日本人のハーフでした。私たちは英語と少しばかりの日本語を交えながら歓談し,お互いの親睦を大いに深めました。
和歌山南部地域
私たちは車に乗って,和歌山県南部の景色を楽しみました。和歌山市から和歌山県南部の串本まで数時間かかり,道のりは遠くて少し疲れましたが,私たちは周囲の景色を事細かに観賞しました。その草木が生い茂る景色は美しくのどかであり,一枚の美しい絵画を見ているようでした。和歌山三大神社の一つである熊野那智大社を観光した後,私たちは遊覧船に乗り込み,瀞峡を見学しました。この峡谷は和歌山県,三重県,奈良県3つの地域の分かれ目であり,途中見学した岩石は皆名前が付けられていました。ただ残念ながら案内放送が全て日本語であり,私たちは全くわかりませんでした。本当に残念!ちなみにこの観光船は70年の歴史が有り,1935年から始まり,昭和天皇の后も乗船したことがあるそうです。
その後,私たちが観光した那智の滝は,和歌山のもう一つの名勝であり,全高133m,流水量は毎秒1トン,雄壮な景色であり,その落差は日本一です,滝を観賞する最適のポイントは2つあり,一つは滝の真下に建てられている飛瀧神社,もう一つは那智山中腹にある青岸渡寺の三重塔の前です。流れ落ちる滝を直接見ることができます。滝を見学した後,私たちは串本沿岸の景色を観光しました。橋杭岩には十数個の大岩が突き出していて,かつては現地の人々が大島への橋を架けようとしましたが,法律に違反するので,とうとうできなかったそうです。
和歌山南部の大島と50周年大キャンプ開幕式に参加
来日して3日目,私たちは日本本州最南端の大島の観光に出発しました。ここの最も有名な観光地は,海難記念碑です。この記念碑は19世紀に一隻のトルコの軍艦が台風によって大島海岸で沈没し,200人余りのトルコ軍海兵が遭難したことを記念したものです。記念碑以外には,それに関する記念館と売店が2つあり,トルコの記念品,衣服・布製品,アクセサリー等を売っていました。白浜の三段壁から南を望むと,見渡す限り果てしなく広がる瀬戸内海(訳者注:太平洋?)を眺望することができ,まさに絶景でした。その後,私たちは午後から開催される「和歌山連盟創立50周年−第12回和歌山キャンプ大会」の開幕式に出席する準備をしました。
キャンプ大会の開幕式は午後3時から県内の海辺に近い河西公園で行なわれました。この開幕式には,全和歌山県連盟25団から200人余りのボーイスカウト代表,70人ほどのボーイスカウトリーダーと政務委員,和歌山県知事と10人余りの県関係者等が来賓として出席しました。また私たち香港代表2人とGerardoさんと嶋田さんのボーイスカウト時代の恩師だったShepherdさんは,上席に座りました。Shepherdさんは相当な立場の方で,今年でもう80歳です。彼はもともとアメリカ出身のボーイスカウトで,第二次世界大戦中は軍隊に入り,1945年に軍人として日本にやって来て,マッカーサー将軍の随行員をしていました。彼はその頃に嶋田さんのボーイスカウト活動を指導し,訓練しました。その後日本で仕事を見つけて定住し,退職後は大阪で暮らし,現在プライベートの英語教師をしています。開幕式では,県庁の代表と県ボーイスカウトの総監が挨拶を述べ,ボーイスカウトメンバーに表彰メダルを授与し,さらに私たち海外からのボーイスカウトの紹介もしていただき,会場の雰囲気を盛り上げました。しかも,現地のテレビニュースも今回の開幕式の模様を放送し,その中には私たちが現地のボーイスカウト達と交流しているところも映っていました。ただ残念なことに私たちの背中しか映っていなくて,少しがっかりしました。
50周年キャンプ活動に参加
4日目は,私は同行の林隊長と分かれて行動しました。林隊長は和歌山21団委員の林潤一さんの招待を受けて,吉野熊野国立公園の自然観察道へ遠足に行きました。私はそのまま嶋田さん,Gerardoさんと一緒にキャンプ行事に参加しました。行事内容はたくさんあり,例えば大声比べ,カード作り,ボール投げ,クライミングなど,それぞれ内容は簡単ですが,たくさんの人たちが夢中で楽しみました。
午後からは不老橋やポルトヨーロッパなど主に和歌山市の南部を観光しました。他にも,嶋田先生の団に所属する2人の少年リーダーのところへ訪問しました。6年前彼らが香港にやって来た時,私は彼らを山登りに連れて行ってあげたことがあります。そして,私たちはその2人と一緒に団の本部へ行きました。本部はある会計士の事務所の中にあり,会議室の他に物資を蓄える大きなコンテナがありました。しかし,残念なことにその日は土曜日で働いている人がいなかったので,中へ入って見学できませんでした。その日の晩,私たちは市内のレストランでお別れ会を行ないました。
帰途に就く
「楽しい時はあっという間に過ぎ,別れの時がやって来る」今回の旅行ほどこの言葉が当てはまるものはありませんでした。しかし,空港についてから一つアクシデントがありました。私たちの乗る飛行機は午後1時の出発だったのに,午後6時50分まで延びてしまったのです。全く予想外のことでしたが,これで私たちはもうしばらく一緒にいることができました。空港でお別れする時,私は本当に涙を堪え,声を震わせながら日本語で「さよなら」と言いました。これで和歌山への旅は終わりました。
感想
葉志光
今回の旅行は私にとって非常に特別なものでした。なぜなら,17年ぶりに再度和歌山を訪れる機会が得られたからです。旅行中私は本場の日本人の生活を体験しました。日本の田舎への旅は,とてものどかで心地良かったです。同時に日本人はとても人情深く,友情を大切にすることもわかりました。このことは学ぶ価値のあるものでした。さらに,私は嶋田さんが非常に気迫のあるリーダーであると思いました。お年は70歳近いですが,今どきのものに対しても興味を持ち,例えばコンピューターを使ったり,デジカメで撮った写真を携帯電話で送信したりすることも熟達しており,私は十分敬服いたしました。嶋田さんがこの数日間の心のこもったおもてなしをしていただいたことに厚くお礼申し上げます。
林国明
今回の和歌山県への再訪問は,これまでの数回とは違うものでした。嶋田さんの特別な計らいにより,私たちは和歌山県南部の海岸を観光することができました。当地の自然風景はとても素晴らしかったです。中でも,林潤一さんの案内で吉野熊野国立公園の自然観察道ヘ行ったことが,一番深く印象に残りました。4時間余りのウォーキングで,行き交う人はひっきりなしでした。野外で食事をする人もいましたが,地面には少しもゴミが落ちていませんでした。みんな自分でゴミを持って帰りました。日本の公民教育が十分に成功していることが良くわかりました。その時私は,私たちはいつも教育の改革を提言していますが,どのように改革されようとも,その最終目的は人徳と教養を持つ公民に育てることであり,それはボーイスカウトの使命でもあると思いました。
(2006年9月14日 和歌山市役所国際交流課 稲垣隆紀様に翻訳をお願いしました。感謝!)