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メキシコ/スカウター・ヘラルド和歌山滞在記
今回のことは、とても素晴らしい経験で、私は多くのことを学びました。Escultismoは世界共通の言葉であるけれども、(言葉がそうであるように)必ず障壁(バリア)があります。しかしながら、実際にこの運動を信じている人に会うと、この障壁(バリア)はくずれ、共同生活は楽しくなります。
嶋田さんに連絡をとってくれた久保さん夫婦に感謝しています。このグループを最も身近に知ることができました。初めから、見知らぬスカウトの皆さんは、私を兄弟のように扱ってくれましたし、嶋田さんは、私を息子のように扱ってくれました。
最も素晴らしいスカウトの行事に参加してきました。ビーバースカウトから上級リーダー方々まで、皆さんは私を同等に扱ってくれました。
一緒に住んで、いままで連絡を取り続けている2人の中国人スカウトのように、他の国のスカウトを知ることを含めて、いつも分かち合う経験があり、いつも教える何かがあり、そして、いつも学ぶ何かがあります。
他国の文化は、非常に違っています。しかし、Escultismoでは全て同じです。
だから、いろいろなタイプの経験を交流することができました。言葉は障壁(バリア)の一つではあるが、それは障害とはならなかった。和歌山のスカウトと同じように、他の場所で、(大阪、伊丹、東京)一緒に住むという機会を持つたびごとに、皆さんは、私に同じ態度で接してくれました。
私達が(メキシコで)開くキャンプは、非常に違っています。贅沢ではありません。全て古風で非常に初歩的な道具でやります。活動は違っていますが、楽しさは同じです。
私が最も気に入ったものの一つは、スキー旅行でした。私は、スノーボードを練習しましたが、私にお金を貸してくれた男の子の両親を含めて、皆さんが非常に良くわたしを助けてくれました。
私が参加したフェスティバルでは、パレードに出たことから、リーダーの一人と餅つきをしたことまで,すべてしました。パームシティーでは、Escultismoの宣伝にチラシ配りを始めました。男の子との共同生活から、大人の催しまで、開催されたあらゆる催し物に私は招待されました。
最後に、私のユニホームの色が違っていたにもかかわらず、和歌山県のスカウトの皆さんは、私を日本の連盟の一員として取り扱ってくれました。
(2006/09/23. 鳥井昌幸様に翻訳をお願いしました。感謝!)
(注)escultismoという単語について、青少年のスカウト活動のスカウト用語のようですが、適当な日本語訳が見当たりませんでしたのでescultismoとしておきました。